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東京地方裁判所 平成11年(ワ)5404号 判決

原告 株式会社ディーエイチシー

右代表者代表取締役 吉田嘉明

右訴訟代理人弁護士 福原弘

六本木弥助鮨こと

被告 仲屋彌五六

右訴訟代理人弁護士 岩井重一

同 上杉昌隆

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、原告から金二〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録二記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を明渡せ。

第二事案の概要

本件は、本件建物部分の賃貸人の原告が、賃借人の被告に対し、合意解除又は契約更新拒絶を理由とし、賃貸借契約の終了に基づき二〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに本件建物部分の明渡しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、翻訳、出版、印刷製本、化粧品の輸出入及び製造販売等を目的とする会社である。

2  有限会社クラブ理髪館(以下「クラブ理髪館」という。)は、被告に対し、かねて、本件建物部分を賃貸、引き渡していたが、右両者は、平成八年一一月二二日、賃貸期間を平成一一年一一月二一日まで、賃料一か月二八万九七一八円の約定で右賃貸借契約を更新した(以下「本件賃貸借」という。)。

3  クラブ理髪館は、株式会社ファイブスターに対し、平成一〇年五月一九日、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件ビル」という。)を売り、同社は、ネクタージャパン株式会社に対し、同年七月二八日、本件ビルを売り、更に、同社は、原告に対し、同月三〇日、本件ビルを売った。そして、本件ビルにつき、クラブ理髪館から、原告のため、右同日、本件ビルの所有権移転登記手続がされた。

4  原告は、被告に対し、平成一一年五月一九日、あらかじめ、本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨通知した。

5  被告は、前記賃貸借の当初から現在まで、本件建物部分を使用し、「六本木弥助鮨」の屋号で寿司店を営んでいる。

6  なお、本件ビルについては、ダイヤモンド信用保証株式会社(以下「ダイヤモンド信用保証」という。)が抵当権に基づく競売を申し立て、平成九年六月一七日東京地方裁判所により競売開始決定(東京地方裁判所平成九年ケ第二一二〇号)がされたが、原告が前記のとおり、これを任意に買い取り、右競売申立てが取り下げられたという経緯があった。

二  主要な争点

1  口頭による解除の合意があったか。

(原告の主張)

原告は、被告との間で、平成一〇年八月―五日ころ、次のとおり口頭で合意した。

<1> 原告と被告とは、本件賃貸借を合意解除する。

<2> 被告は、原告に対し、同年一一月三〇日限り、二〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、本件建物部分を明渡す。

2  更新拒絶について、正当事由があるか。

正当事由を基礎づける事情に関する当事者の主張は、以下のとおりである。

(原告の主張)

(一) 原告の土地利用の必要性

原告は、現在、賃借建物で本社業務を行っており、本件ビルを取り壊し、本件ビルの敷地と隣接地を合わせた土地の上に本社ビルを建築し、右建物で本社業務を行う計画であって、建築会社に設計を依頼している。

本件ビルは、地下鉄六本木駅徒歩一分のところにあるなど、立地条件に優れた地域にあり、土地の有効かつ高度の利用の社会的必要性がある。ところが、本件ビルのうち、一階部分と本件建物部分を除いて既に明渡しが完了しており、また、隣地も駐車場として利用されているにすぎない。

なお、原告は、残る一階部分の賃借人に対しても、別に明渡訴訟を提起している。

(二) 建物の老朽化

本件ビルは、昭和四七年一月に建築されたもので、現在まで約二七年が経過し、相当老朽化が進んでいる。早急に建て替える必要がある。

(三) 競売が実行されていれば賃借権が消滅していたはずであること

本件ビルについては、前記一6のとおり、競売手続が進行していたところ、被告の本件建物部分の賃借権は、右競売手続での競落人には対抗することができず、競売の実行とともに消滅すべき運命にあったものであり、被告主張の賃借権は、そもそも脆弱であったのである。

(四) 財産上の給付の提供

原告は、被告に対し、右正当事由を補完するため、二〇〇〇万円を支払う用意がある。

(被告の主張)

(一) 被告の使用の必要性

被告は、本件建物部分に多額の資金を投じて寿司店の経営をしており、その借入金の返済についても未だ終了していない。他の物件に移転して、新たに保証金を支払ったり、再度の設備投資をしたりすることは被告の資力上不可能である。

これに対し、原告のいう建替えについても具体的な計画はないし、本件建物を建て替えなくとも原告の経営上重大な問題は生じない。したがって、原告に自己使用の必要性は認められず、仮にこれが認められるとしても、双方の必要性を比較した場合、被告の必要性の方が遥かに大きい。

(二) 賃貸人の強硬的な明渡し実現方法

原告は、本件ビルの他の部分が明渡し済みであることを主張するが、これは正当事由とは無関係な事情であるし、仮に、関係があるとしても、明渡しに至る経緯についても考慮が必要である。原告は、本件ビルを空きビルにするため、エレベーターを稼働させないようにし、被告らを窮地に追い込んでいるのであるが、このような強硬的な手段による地上げの結果が正当事由の考慮事由とされることは許されない。

第三争点に対する判断

一  争点1(解除の合意)について

証拠(甲五の1~4、一二、一三、証人福田、同竹澤)によれば、本件建物部分の明渡し交渉の経過として、原告は、ダイヤモンド観光株式会社から、平成一〇年七月三〇日、株式会社マリオン管財(以下「マリオン管財」という。)の仲介により、東京都港区六本木七丁目三一三番一一他四筆の土地(合計四八〇・三七平方メートル)を買い受けたこと、右土地の一部の上に本件ビルがあり、同建物の買受けもマリオン管財の仲介によるものであったこと、マリオン管財の代表者である福田敬司らは、原告に対し、右各売買契約に際し、同年一一月三〇日までには、本件ビルのすべての賃借人を立ち退かせることができると確言したこと、福田は、被告との間では、同年五月ころから、本件建物部分の明渡しの折衝をしており、立退料一〇〇〇万円の提供を申し出るなどしていたが、被告は、同人の意向は聞くものの、顧客の関係で六本木を離れるわけにはいかないと言って、同年七月末に至っても立退きを認めてはいなかったこと、そして、福田は、同年八月ころ、当時被告の代理人であった石橋弁護士に対し、立退料二〇〇〇万円を提示して明渡しを求めたことが認められる。

しかし、証人福田の供述によっても、被告が右提案を承諾したという事実は窺われない上、被告はこれを承諾はしていない旨明確に供述しており(被告本人)、原告主張の合意の成立は到底認めることができない。

二  争点2(更新拒絶の正当事由)について

1  原告の本社ビル建築の必要性について

(一) 前記第二、一の事実に証拠(甲四、六、七の1、九の1~3、一一、一二、証人竹澤、弁論の全趣旨)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1)  原告は、現在、唯一の自己所有物件として、東京都港区南麻布二丁目に平成八年に建築した本社ビル(以下「現本社ビル」という。)を所有し、ここに総務、人事等の管理部門を置いている。その他、東京都港区内において、事務所、倉庫等の用途のために計一一件の物件を賃借しており、これによる月額賃料は、約四五〇〇万円に達している。原告としては、分散している事務所を集中させ、賃料の負担を軽くするために、できるだけ自社所有のビルの確保を目指しているところである。また、原告は、平成八年には年商約一〇〇億円であったものが、平成一一年度には、年商約四三〇億円に急成長をしており、本件ビルの管理部門も手狭となってきている。

(2)  原告は、本件ビルの一帯に新本社ビルを建築することを目的として、前記一認定のとおり、土地五筆と本件ビルを購入した。七階建ての本件ビルのうち、三階の本件建物部分と一階部分の他は、明渡しが完了しており、原告は、一階部分についても別途訴訟を提起している。原告が取得した土地のうち、本件ビルの敷地以外の部分は更地であり、駐車場として利用されている。右取得地は、六本木駅から徒歩一分という交通至便の場所にあり、幅員四〇メートルの六本木通に面する商業地域内の土地であって、一般的に高度利用に適する土地といえる。

(3)  新本社ビルの利用としては、手狭になった本社ビルの管理部門を移転する計画であり、また、化粧品部門のショールームを設ける予定である。原告としては、化粧品のショールームとしては、ブランド感のある場所でなければならず、本件ビルの立地は最適であると考えている。なお、管理部門の移転により空いた現本社ビルには、翻訳・出版、教育部門を統合する。

(二) 以上の事実によれば、原告が本件ビル一帯の取得地を利用し、新本社ビルを建築する必要性は一応認められるのであり、右取得地を一体として利用するため、本件ビルを取り壊す必要性があることも認められないではない。しかし、前記一の経過によれば、原告は、本来本件ビルないしその敷地について何ら権利を有してはおらず、本社ビル建設用地を他に求めることも十分に可能であったところ、本件ビルに被告ら賃借人がいることを認識しながら、仲介業者の言により任意の明渡しができるものと即断して本件ビルを取得したのである。そうすると、その見込みが外れたことによる不利益は原告自体が負うべきであり、なお、判決により賃借人の明渡しを求めるためには、本件ビルの敷地を使用する必要性が強度であることを要するものというべきであるが、本件全証拠によっても、原告の本社ビルが本件ビルの場所になければならないという強度の必要性は認められない。

2  本件ビルの老朽化の程度について

鹿島建設株式会社東京支店が作成した「和田ビル建物耐震性に関する構造検討書(甲一〇)には、本件ビルは、旧建築基準法が適用されていた昭和四七年一月一〇日に建築されたものであるところ、一般にこの時期に建築された建物は、現行法の基準に照らせば耐震性能について十分確保されていないという前提のもとに、建物の外観調査によれば、駆体コンクリートに「じゃんか」があり、施工不良箇所として残っており、そのまま放置すると鉄筋の腐食の可能性があること、テナントの変更による内装、設備工事等による柱、梁の損傷箇所があり、早急な補修が必要であることなどの記載がある。

しかし、右検討は、そもそも正式な耐震判断によるものではなく(甲一〇、六頁)、右報告書に記載された施工不良、補修箇所が本件建物の駆体に致命的な影響を与えていることを認める的確な資料はないのであって、右の不良、補修箇所の存在は、建物所有者である原告の補修義務の存在を基礎づけるものではあっても、建替えの必要性を基礎づけるものとはいえない。

3  競売申立てと被告の地位に関する事情について

前記競売事件において、被告の賃借権は平成一一年一一月二一日の期限後の更新は買受人に対抗できないものであった(甲六)。しかし、任意売却によってダイヤモンド信用保証の抵当権が消滅した(甲二)結果、右のような被告の地位の不安定さは前提を欠くに至ったのであり、正当事由の判断に当たり、原告の主張(三)の事情を斟酌することはできない。

4  被告の使用の必要性について

前記第二、一の事実に証拠(甲一、乙一、三、一〇、被告本人、弁論の全趣旨)を総合すれば、被告は、六本木で約一五年間、寿司店を営んだ後、クラブ理髪館から、昭和五九年一一月二二日、本件建物部分を賃借し、「六本木弥助鮨」を開業し、以後当地で寿司店を営んできたこと、右開業に際し、設備投資として約五八〇〇万円、従業員宿舎の購入のために約三三〇〇万円の費用がかかったこと、被告が依頼した見積によれば、現時点で寿司店が新たに営業を始める際の内装費用としては約四二〇〇万円を要するところ、被告は現在約一億八〇〇〇万円の負債を抱えており、多額の費用を支出して寿司店を移転することは現実には困難である上、六本木地区以外への移転になると長年の努力により定着してきた得意客を失うという看過しがたい損失があることが認められる。

以上の事実によれば、被告としては本件建物部分を使用して寿司店の営業を継続する強い必要性があるというべきである。

5  まとめ

以上の事情を総合すると、被告の使用の必要性は、原告のいう建替えその他明渡しを求める必要性と比較して明らかに優越するものであり、原告のした更新拒絶に正当事由があるとはいえない。更に、右4認定の諸事情に照らせば、二〇〇〇万円ないし右提供の趣旨に反しない程度の立退料では、明渡しに伴う被告の損失を補填することは到底困難であり、右金員の提供の申し出があるという事情を斟酌しても、なお、正当事由が具備されるものと認めることはできない。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判官 太田晃詳)

物件目録

一 所在 東京都港区六本木七丁目三一三番地一二

家屋番号 三一三番一二の一

種類 事務所 店舗 居宅

構造 鉄筋コンクリート造陸屋根七階建

床面積 一階 六六・七七平方メートル

二階 七〇・三〇平方メートル

三~六階 各七八・四〇平方メートル

七階 七三・六七平方メートル

二 右の三階部分のうち、別紙図面イロハニホヘイを順次直線で結んだ内側部分六七・〇〇平方メートル

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